子どもの日常生活をよく観察する必要がある

『労働通信』2003年9月号

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 わたしの子どもは、小学校六年生だ。いまの「教育の荒廃」は深刻だ。それには、さまざまな要因がある。たとえば、晩婚化・少子化がすすんでいることもその一つである。今日では、子どもを育てるということは困難な状況になっている。社会環境がそれをゆるさない。子どもができてはたらこうとしても、保育園はいっぱいで入園待ちだという。子ども一人を一人前にするのに、そうとうのカネがかかる。ある労働者は、子ども一人を大学に入学させたが、高校・大学の七年で八〇〇万円の貯金がなくなったとため息をついている。これから、当然のごとく少子化はすすむであろう。

 現代の子どもたちは、幼いころから、おじいちゃん、おばあちゃん、母親、父親による過保護で育てられる傾向がつよい。だから自分の欲望が実現できないときに「がまんする」という自制心がよわくなる。兄弟でのあつれきや喧嘩がないので、人間関係をどのようにつくっていけばよいのかという意識がうすくなる。幼児期からの教育が大事である。たとえば、「いじめ」についても、家庭生活のなかにその兆候はあらわれている。親にたいする態度、弟や妹などの小さい子どもにたいする態度などで、その判断はできる。父母は、子どもの日常生活をよく観察し適切に対応する必要がある。

 もう一つは、少人数学級を実現することだと思う。わたしの子どもの担任の教師は「一人の教師が四〇人もの子どもたちの家庭状況、成績、性格を把握するのはたいへんな仕事だ」となげいていた。子ども一人一人に手あつい指導をするためには、やはり少人数学級の実現が大切である。このような運動と教育実践をつうじて、地域の勤労父母と団結をふかめ、未来を担う子どもの成長をうながしていくことが大切ではないだろうか。

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