『労働通信』2003年5月号
私は千葉県船橋市に住む無党派の七〇歳の男です。
共社の統一戦線を基礎に、地方政治と国政で連合政権を創りあげていくしか日本の革命はありえないと信じて、微力ながら日々活動しています。四月の地方選で私は、県議選は共産党の候補を、市議選は新社会党を推しました。活動のなかで感じたことを少し報告します。
立候補するからには、勝たなくては話になりません。どうしたら勝てるか。
私は、根本は対話だと思います。自分の家族、親兄弟、後援会員、友人、隣人たち。相手の話を徹底的に聞くことです。口でしゃべるだけでなく、しぐさや目や表情で意見を伝えてくれます。相手の頭でなく、心を動かすべきではないか。ビラ配りだって、無言の対話なのです。
田中康夫・長野県知事がなぜあんなに強いのか。かれは、自分は県民に奉仕する小使いだといって、車座集会などを重視しています。本当の対話ができるのが、かれの強さです。
じつは、共産党も社党系も、対話を真に実現できる強さが不足しています。無意識の大衆軽視と大衆恐怖がある。本質的に小ブルジョア。そこにまさに、日本のわれわれ革新勢力の弱点があります。大衆迎合でない、真の大衆路線が必要です。
田中にも欠点はあり、小ブルジョアです。しかし、なぜ大衆と対話できるのか。
それは、庶民大衆への共感と愛情があるからです。その愛情が、バイクで震災後の神戸を走らせたのです。それこそ、民主政治家にもっとも必要な資質ではありませんか。

石原慎太郎は、東京都知事選に圧勝しました。ここからなにを学ぶか。それは、政治家に要求される強腕の実行力です。石原はたしかにファッショ的暴言知事ですが、どこが支持されるのか。大衆は口先だけの評論家的政治家にウンザリしているのです。ディーゼル車大気汚染の規制、横田基地返還、銀行への課税など、庶民の大向うをうならせる面もあるのです。
石原の本質を説くのもいいが、かれのパフォーマンスを上まわる実行力で、ケンカ強い体をきたえあげるべきです。
これは、創価学会=公明党との闘争にもおなじことがいえます。公明党はもう「平和」「福祉」の二枚看板をなげすて、はっきりとした保守政党です。米軍のイラク侵攻を支持して福祉予算をけずる公明党の転向は隠しようもない。
個個の創価学会員はまじめで親切な人がおおいですが、上層部はまったくちがいます。ウソを平気でつき、暴力的謀略的で、仏教信者とはとうてい思えない。なのに、選挙に強いのは、会員間の同志的結合が強いからです。
大規模な町村合併がいま進行しています。国と地方が巨大財政赤字をかかえ、いかに「効率よく地方支配をするか」が、根本にあります。
合併によって庶民大衆の生活はさらに暗くなるでしょう。中央と対等の真の地方自治=町村おこしをすることが重要です。
若者がなぜ都会の根なし草の商業文化にあこがれて農村からでていくのか。ここには、まさに文化の問題があると私は思います。だから、地方選挙の争点は、地域起し=地域文化と地域経済を興す問題であるべきです。
テレビなどでたれながされる小ブル文化の洪水に抗して、真の労働者文化を創出し、生産過剰が根本原因の「不景気」にたいして、〈持続可能な生産発展〉の確立を提起すべきです。
地方選挙は、国政選挙より格が低いことはありません。地方に草の根の統一戦線を築き、人民大衆の意識を変革し、地方に強固な根拠地を建設することなしに、たとえハズミで革新の中央政権ができても、すぐに瓦解するでしょう。
地方選挙前半戦、日共・社民がなぜ自・公に負けたか。それは、前者が団結しなかったからです。
反戦・護憲・革新の勢力が団結して、人民に政権構想を提起しないかぎり決してかてない。
有事法制に反対して、千葉県の船橋では共産党・社会党系・民主党の一部・新左翼・無党派が結集して、集会やデモをおこなっています。せまいセクト主義をのりこえた人民の統一戦線組織と、民主派を結合し、支え、育てる大衆的地域紙誌が今こそ全国各地に必要だと私は痛感しています。
ベッドタウンの労働者や知識人は、地方選挙を軽視しがちです。どの候補もおなじような公約で違いが見えない。この壁をどう突破するか、ゴマカシを見破るために。
候補者一人一人を調べ上げ、ほんとうに私心のない人をえらびだすべきです。公約と実績をできるだけ具体的に調べて、大衆に情報を提供すれば、大衆はただしい判断をくだします。
投票を依頼するときも、相手の意見や注文をできるだけ聞きだし、選挙が終わったら、当落にかかわらずあいさつをするようにします。
選挙をつうじて、相手も自分も育ち、育てられる。そうすれば、かならず次の選挙でそれが生きてきます。
労働組合の選挙運動は、根本的にまちがっているのではないかと思えてなりません。
総評時代も、いまの連合も、組織内候補を「利益代表」または「年功的天下り」として送りだすとすれば、それはまさに労組ボスでしょう。労働者階級は、自分の解放と同時に、ブルジョアジーを含む全階級を解放するのだから、そういう世界観と責任感・使命感をもつべきです。そうすれば、かならず他の階級(資本家の進歩的部分にさえ)に支持されるでしょう。
たとえば役場の労働者は、市長や議員と同様に住民から給料をもらう立場だから、市民が主人公です。しかし実態は「御上」として逆に君臨していませんか。市長が主人公で、公務員は市長の手先みたいに……。共産党が首長の自治体は、全国に一○ありますが、そこでは役所の労組と議会はどのように改革・強化され、革新的成果をおさめているのでしょうか。
政治家には実行力と胆力が必要です。
公務員労働者が、人民の主権の思想を確立して、ほんとうに住民にこころから奉仕すれば、その労組は住民の支持を得て不敗です。総評や国労の敗北から、それを学ぶべきです。
労働者の意識改革=思想改造こそ、現代の思想文化運動の核心だと私は思います。それに成功したとき、最終的にスターリン主義=小ブルジョア官僚独裁と旧ソ連崩壊の衝撃、文化大革命挫折いらいの中国の直面している矛盾をのりこえて、真の社会主義創出へ第一歩をふみだすことになるでしょう。
日本の労働者階級は、それをにない、世界の先頭にたつ可能性をもっているものと私は信じています。