『労働通信』2002年9月号
二〇〇一年一二月二日にアメリカ史上最大の企業倒産として報じられたエンロンの倒産(負債総額四〇〇億ドル、総資産六二八億ドル)からわずか半年後の今年七月二一日、エンロンをしのぐ最大の倒産劇として、アメリカ第二位の長距離通信会社ワールドコム(負債総額四一〇億ドル、総資産一〇七〇億ドル)が破産申請した。
エンロンは、一九八五年に石油パイプライン会社が合併して創業した。九〇年代にはいりエネルギー政策の規制緩和とインターネット普及という時代の波にのって、二〇〇〇年の売上高が九八年の三・二倍の一〇〇〇億ドルにたっし、全米七位の大企業に急成長した。電力、天然ガスの取引にとどまらず、ネット上で取引できるあらゆるものに進出する意欲をしめし、内実は金融会社の色彩がつよかった。
ワールドコムは、一九八三年の創業いらいビジネス用長距離通信とインターネット・データ通信を主力にして七五回にのぼる買収・合併をかさね、九八年には当時米通信業界二位のMCIコミュニケーションズを買収した。さらに通信業界一位のAT&T社との過酷なまでの競争にうちかとうとして株価をつりあげ、株式交換で拡張戦略を展開してきた。その過程で通信網の維持保全の費用を設備投資として計上するなどの粉飾決算を開始した。不正発覚時三八億ドルといわれていたが、その後三三億ドルの追加が発覚した。これによってワールドコムの株価は二年前の最高値の六四ドルから一挙に数セントへと紙くず同然となった。ワールドコムの破産によって八万人余の従業員のうち一万七〇〇〇人がリストラされる。またカリフォルニア公務員退職年金基金は、エンロンでも巨額の損失をこうむったが、ワールドコム社債でも被害を受けることになった。そして公正な会計監査をおこなわなかった監査法人のアンダーセンの責任追及とともに、会社の会計情報開示への不信が高まることになった。この倒産に端を発してアメリカの株式市場で株の下落が一挙にすすんでいる。二〇〇〇年春のインターネット・バブルの崩壊によるナスダック市場崩落の第二弾が本格化している。
アメリカの株価は、九〇年代後半から急騰し、ダウ工業株三〇種平均が二〇〇〇年一月の一万一九〇八ドルの最高値から、九・一一同時テロ時直後の二一日に八二三五・八一ドルに急落して以後しだいに回復し、今年三月一九日に一万六三五ドルのピークをむかえた。だが、今回のエンロンにつぐワールドコムの破産をはじめ、ゼロックス、グローバル・クロッシングなど一連の粉飾決算問題の発覚によって、この七月一九日には一時八〇〇〇ドルを割りこみ、終値は八〇〇〇ドルをわずかに上回る水準でようやくストップした。この下落によって直近一〇営業日のうち七日間は一〇〇ドル以上の下落幅で、このかんにニューヨーク市場から時価総額にして一兆五〇〇〇億ドル(日本円で約一八〇兆円)がふきとんでいる。
とくにエンロンの不正会計は、デリバティブ(金融派生商品)と三五〇〇社にのぼる損失飛ばしを目的とした特別目的会社(SPC)をつくるなどして巧妙に不正をおこない、これらの不正会計には、大手の監査会社、商業銀行や投資銀行が不正経理を知りつつむしろ主導的な役割を果たした共犯者としてバブルをあおりつづけていたことが発覚している。そしてエンロンの不正会計の発覚による企業倒産は、その後につづく企業破綻の序幕に過ぎなかった。
アメリカが九〇年代なかば以降に謳歌した「終わりなき繁栄」・ニューエコノミーなるものが、不正経理によって過大評価された収益への期待で株価をひきあげ、そこに世界中からさらにおおくの資金をよびこんでバブルをさらに膨らませる虚構の繁栄にすぎなかったことが暴露された。これが誇らかに語られていた「アメリカン・スタンダード」の現実であった。これら企業の株に投資していた公的年金などに巨額の損失が出ており、株主らによる損害賠償訴訟がはじまっている。当初告訴対象となったのは経営役員たちであったがその後JPモルガン・チェース、シティーグループ、メリルリンチなど大手銀行、投資銀行など九社が追加告訴されている。
アメリカ経済は、不良債権がとめどなくふくれあがり、金融危機の可能性が急浮上している。将来への不安が広がり、バブルの恩恵で過大な消費をつづけてきたアメリカ経済は、バブル崩壊後の日本経済同様に、一転して収縮にむかわざるをえない。事実、八月一一日には、米航空大手六位のUSエアウエイズが破産申請をだし、二位のユナイテッド航空は年末の債務返済の困難が予想され、これも破産申請になりかねない。大手コンピュータ企業のIBMは一万五〇〇〇人のリストラを発表した。アメリカにおける今年の企業の破産総額は、すでに年間ベースで過去最高を更新し、二五七六億ドルにのぼっている。日本における海外投資家による日本株への投資は六月に二五四五億円の取得超過で過去四カ月連続の買い越しとなり、アメリカから資金が逃亡していることがあきらかである。
NY株価の崩落とともに、ドルは、円やユーロやアジア通貨にたいしても大きくきりさがり、ドル全面安が進行している。今年一月末に一ドル一三五円であったレートはいまや一一七円台にまでさがっている。
米欧のテレコムバブルは、一九九三年にクリントン政権時の副大統領ゴアが推進した情報スーパーハイウェー構想がひき金となっている。二一世紀の社会基盤として全米に高速の情報通信ネットワークをはりめぐらす計画であった。もともと軍事目的であったインターネットを民需用に開放し、情報通信産業の拡張と全産業の情報化によって国内外での搾取・収奪をさらにつよめ、アメリカによる世界支配をつよめようとするものであった。これがインターネット普及にはずみをつけ、国際的な光ファイバー網構築競争にも拍車をかけた。さらに情報通信産業の規制緩和により、新規参入があいつぎ、競争が激化した。八四年に米大手通信会社のAT&T社が一つの長距離通信会社と七つの地域会社に分割される。これにより情報通信産業への新規参入が増加する。また九五年ごろから各国の規制緩和により、短距離、長距離、国境を超えた相互乗り入れが可能となる。アメリカでは通信、放送の垣根までも取り払われた。この結果、情報通信企業のおおくは、グローバル・キャリアへの野心をいだき、ライバルに勝つための陣取り合戦に向けたM&Aとデジタル投資合戦がくりひろげられた。
この結果、米国内の光ファイバー網の建設は九八年から〇一年までの四年間に総延長が五倍に増え、六四〇〇万キロ(地球一六〇〇周分)となり、さらに通信速度をはやめる技術革新がすすみ、通信容量は五〇〇倍に増えた。ところがこの間に需要は四倍しか拡大することができず、稼働率はわずか五%前後といわれている。米国通信会社は、設備投資資金のほとんどを借入金でまかない、その金額は九八年から〇一年で四〇〇〇億ドルを超えるほどになっている。巨額借り入れで建設した光ファイバー網の稼動率の低さに料金値下げ競争の激化のなかでおこなった不正会計が暴露されるや株価は崩壊した。
一方、欧州においては三大テレコム企業をはじめアメリカから欧州にせめこんだ米新興勢力が、欧州域内でブロードバンドの新幹線網の建設競争を展開して、実際の需要の一〇〇倍の設備を構築し、一二のネットワーク幹線運営会社が激烈な競争を展開するはめになり、このため欧州テレコム会社の悲劇がおこっている。
インターネット・サービス供給は年年倍増し、各種新技術はなお増大中で料金値下げ競争もつづいている。これらは先の見えない競争戦国時代にはいっているといわれている。
「IT(情報技術)革命による生産性向上で景気循環が克服された」というニューエコノミー論はアメリカの株高を支えてきた論理であるが、ここにきてアメリカ経済が実体経済とかけはなれたバブルであったことが暴露され、もろくもくずれさった。
アメリカ資本主義の「株価重視」の企業経営は、安易なリストラ、アウトソーシングなどによって労働市場の性格を変え、終身雇用労働者が短期契約社員や派遣労働者にかえられ、派遣会社だけが成長することになった。株式という一片の紙切れにつけられる価格の変動に社会の人人、企業、産業、金融機関の命運がかかるような経済、それはもはやリアルエコノミーではなく「倒錯」した虚偽と詐欺の経済である。IT革命をもたらした二〇世紀資本主義が到達した社会はまさにそういうものであった。
二月に議会で証言したエンロン従業員は、「大恐慌時代に窓から飛び降りた人の気持ちがよくわかります」と痛切であった。老後にそなえて自社株中心に運用してきた確定拠出型年金「四〇一K」は倒産と同時に紙くずになった。
株の下落による損失は、企業サイドだけではなく、家計にも深刻な影響をあたえている。
家計の負債増加額は、九〇年から九四年には一兆ドルであったものが、九五年から〇一年には三兆ドルに急増している。家計に流れたこの巨額の資金は、住宅投資、消費、四〇一K(確定拠出型年金)、投資信託にむけられている。アメリカの場合は、投資信託を保有する所帯は五〇〇〇万所帯を超え、全所帯の約半分近くをしめている。「株高が株高を呼ぶ」という事態が逆転し、株の下落はおおくの家計を直撃する。さらにエンロンにみられるように企業の自社株を購入している家計のリスクは大きく、四〇一K(確定拠出型年金)の投資で巻き上げられるという状況もある。また株価の下落によって企業のリストラが大がかりにすすみ失業者が増大している。
こうして労働者・勤労人民は、今回のバブル崩壊によってアメリカ資本主義そのものへの反抗を増大せざるをえず、階級矛盾は激化する。九九年のシアトルにおける三〇万人の反グローバリズムのたたかいにおいてアメリカ労働者と労働組合の組織的な大闘争がまきおこったことが、あたらしい動きを象徴している。
経済のメカニズムがグローバル化し、主権国家の枠内ではグローバルな資本主義に対応することができない。この解決には、「祖国を持たない」(「共産党宣言」)国際労働者階級の役割を待たねばならない。「人人の民族的な分離と対立は、ブルジョアジーの発展、交易の自由化、世界市場の拡大、工業生産とそれに照応する生活諸関係の一様化につれて、こんにちではますます消滅している。プロレタリアートの支配はこうしたことをいっそう消滅させるであろう。団結した行動、すくなくとも文明諸国の行動が、プロレタリアート解放の第一条件の一つである」(共産党宣言)。