『労働通信』2002年3月号
日本資本主義の不況は世界経済のなかでもとくに深刻だ。この事態にたいし、政府・財界はどのような経済政策をうちだしているのだろうか。それは、労働者の生活にどのように影響するだろうか。
失業と過重労働が、両方同時に増大している。
完全失業率は、昨年一二月、過去最高の五・六%にたっし、完全失業者数も三三七万人にのぼっている。完全失業率は、とりわけ二〇〇一年後半、八月五・〇%、九月五・三%、以後毎月〇・一%ずつ確実に悪化しつづけており、限界がみえない状態である。
社会のなかで、必要とされる仕事が減っているわけではない。有職労働者のあいだでは、逆に、仕事はより長く、よりきつくなり、また一人の労働者が何種類もの違った労働をやらされるようになっている。
失業と過重労働の同時進行は、だれの目からみても不合理きわまりない社会問題である。と同時にこれは、いまの不況の重要な背景をなしている。一方ではぼう大な労働力が活用されず、他方でおおくの労働者が疲労こんぱい状態で働きつづける――これでは社会の生産がうまくいないのはあたりまえである。いまや、資本主義の維持という観点からですらも、新規雇用の拡大、派遣などの流動的雇用形態の抑制と雇用の安定化、残業・労働時間の抑制などが緊急の課題になっている。ところが、政府・財界のじっさいの諸施策はむしろこの逆で、かえって危機を深めるものばかりとなっている。
第一に、政府の「雇用」政策は、かつてのようにタテマエ上雇用維持を目的とするものでさえなく、むしろ雇用の流動化促進をめざすものになっている。表1は、今年度政府予算案の「目玉」とされる項目からの抜粋である。
| 労働移動支援助成金(求職・職業訓練のために休暇を与えてから首を切った企業などへの助成) | 22億円 →120億円 |
| 建設業労働移動支援助成金 | 20億円 (新規) |
| 移動高年齢者等雇用安定助成金(グループ企業の被解雇者を雇用した企業への助成) | 60億円 (新規) |
| 民間の就職支援会社を活用し、再就職支援を行う事業主への助成 | 14億円 |
| 関係業界と連携強化した出向・移籍方式による労働移動の推進 | 40億円 |
| 民間機関を活用した職業訓練 | 258億円 |
| 職業相談・訓練受講・職業紹介・就職支援の一貫システムの構築、オーダーメイド型訓練(職安による雇用企業の注文に合わせた訓練) | 27億円 |
| 派遣・裁量労働制等の見直しの検討 | 0.8億円 |
| 学卒未就職者等に対する試行雇用の支援(3カ月以内の短期試用への助成) | 95億円 |
第二に、政府・財界は「成果・実績型賃金」をいぜんとして推進しようとしていることである。それは、労働強化であり、賃下げへのテコにほかならない。
第三に、失業の増大を利用し、これまで以上の賃下げがもくろまれている。日経連の労問研報告(一月一一日、臨時総会で採択)では、事実上、賃下げを宣言している。
第四に、労問研報告は「ワークシェアリング」を重点課題とし、厚生労働省も推進させようとしており、すでに三洋電機や半導体製造のTOWAなどで実施されている。これは一見すれば時機にかなったことのようにもみえる。だが、これらの「ワークシェアリング」では、労働時間が減っただけ賃下げされているのだ。資本にとってみれば、仕事あたりの人件費は変わらない。いや、労働者の集中度が増したぶん、費用はむしろ減少するのである。また、一企業・一部門でもこうした賃下げが実施されれば、つぎには「これだけの賃金でも生活していけるではないか」という話にされ、全般的賃下げにつなげられるのは火をみるよりあきらかではないか。労働者にとって必要な施策は、すでにフランスなどで実施されているように、賃下げをともなわない新規雇用である。
不況のもう一つの背景は、資本間のコストダウン競争が際限なくおこなわれ、マスコミがデフレスパイラル(デフレと不況の相乗効果)とよぶ事態をひきおこしていることである。
こんにちのコストダウン競争は、もともと、IT化による流通費・在庫費の圧縮やコンピュータ生産管理などをきっかけに始められた。そこには生産力発展によるコストダウンも含まれていたのだが、いまでは手段を選ばないなりふりかまわぬ総力戦となっている。それは、労働強化、ノルマなどによるサービス残業、不可能なまでの多能工化などを労働者に強要している。また、雪印乳業・雪印食品などのように、結局企業自身に致命的ダメージとなるような手段をさえ強行させている。競争の現在の様相は、労働力を疲弊させ、事故やスキャンダルをもたらさざるをえず、生産力を破壊するものになっている。もはや、コストダウン競争の抑制、とりわけ、労働者を犠牲にする競争の抑制は、緊急の社会的課題となっている。
しかし、小泉内閣の政策は逆に、競争の拡大である。「競争環境の積極的な創造」「競争政策を強力に実施」「自由な競争の拡大」――これらが、小泉首相の諸発言や経済財政諮問会議の諸答申に一貫するスローガンであり、今年度予算においてもさまざまな「競争的経営への助成」が投入されている。
その当然の帰結が、デフレである。事態が深刻化するなか、政府は二月一二日、ようやくデフレ対策を経済財政諮問会議で検討しはじめた。しかしそれは、これまでの失策を改めるものではけっしてない。
政府は、税制においても「抜本改革」を掲げ、金持ち優遇をいっそうおしすすめようとしている。すでに政府税制調査会は、一月一七日からその検討を始めている(表2)。
| 1.所得税 | |
| ・課税最低限の引き下げ ・所得が高いほど税率が高くなる累進構造の緩和 |
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| 2.消費税 | |
| ・将来の税率引き上げや複数税率化 ・免税点水準や簡易課税制度のみなおし |
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| 3.法人課税 | |
| ・赤字法人にも課税する外形標準課税の導入 ・公益法人への優遇課税廃止 |
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| 4.その他 | |
| ・道路など特定財源の一般財源化 ・地方交付税制度のみなおし ・環境税の導入 ・相続税・贈与税の軽減 ・預貯金優遇の金融証券課税のみなおし |
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二〇〇二年度予算案では、公共投資は前年比マイナス一〇・七%、特殊法人の国庫負担はマイナス二一・二%となっている。
一見すれば、労働者の要求と政府予算の方向は一致しているかのようにも見える。しかしその中味はまったく相違しているのである。
人人の怒りの理由は、これらの予算が利権の温床だからであり、政・財・官の特権的分子が利益をむさぼり社会的不平等を拡大させているからである。また、おおくのダムや諌早湾干拓や長良川河口堰のように、社会的に無意味あるいは有害なことに血税を投入しているからである。しかし、小泉内閣の予算案は、こうしたことにほこ先を向けるものではない。政府が公共投資や特殊法人むけ予算を減らすのは、民間資本がもっと自由に活動できる状態をめざしているからにすぎない。
予算案では、典型的な利権的事業のおおくが聖域化されたり、ほんのわずかのマイナスにとどまっている。たとえば、電源立地対策費は原発地域へのバラマキなどの費用であるが、いぜん二四四六億円(九億円増)の巨費が投入されている。愛知万博事業の推進費は昨年一五・一億円から七九・八億円に、中心市街地商業等活性化総合支援事業は三・六億円から三五・〇億円にそれぞれ拡充されている。特殊法人関係も、日本鉄道建設公団が〇・一%減にとどまり、本州四国連絡橋公団は七五・〇%も増えているなど、利権と政財官のゆ着にメスを入れるものではない。逆に、比較的社会福祉的内容を持つ特殊法人も、一律に減らされている。勤労者向けアパートを担う都市基盤整備公団は一四・三%減、住宅金融公庫は一五・一%減、簡易保険福祉事業団は五六・三%減、日本私立学校振興・共済事業団は一八・八%減、奨学金事業の日本育英会は九・八%減である。
また、減ったといっても総額ではいぜん大きく、公共事業は九兆二五二五億円、特殊法人国庫負担は四兆一六五二億円にのぼっている。もしこれらの費用で直接労働者を雇用したとすると、年収五〇〇万円と計算してそれぞれ一八五万人、八三万人ぶんにもなる。こうした巨大な額のすべてではないにせよ、相当部分が利権のために費やされているのである。
小泉内閣は、健康保険においても、大衆収奪をおしすすめている。
二〇〇二年度予算では、通院老人の患者負担上限撤廃や、入院老人の負担上限引き上げを組み込んでいる。
二〇〇三年度からは、本人負担率の三割への引き上げをとなえ、法案を準備している。本人負担率は九七年に一割から二割に引き上げられたばかりであるのに。また、保険料の徴収基準を月収から年収に変えようとしている。つまりボーナスや臨時賞与なども算定基準に組み込まれるわけで、事実上の保険料大幅引き上げである。
二〇〇二年度予算では、国立大学の年間授業料が四九万六八〇〇円から五二万〇八〇〇円に引き上げられる。また、育英奨学金の対象者では有利子貸与が三三・一万人から三九・二万人と増え、無利子が四二・二万人から四〇・六万人と減らされる。大学生の負担増は年年増大させられており、もはや一般の勤労者にとって、子どもを大学に送るのはきわめて困難になっている。
他方、親の失業で学業を続けられなくなった高校生・大学生が急増しているが、対策はとられていない。
小学生から大学生にいたるまで、学力低下が社会問題となっている。ただでさえ日本の教員一人当たり生徒数は先進資本主義国でぬきんでておおく、教員数の大幅増が急務となっている。しかし、政府は逆に、全国の教員養成系大学を再編統合しようとしている。これは、国立大学の独立行政法人化政策の一環であるが、独法化は大学を企業の下請機関にし、労働者・勤労者の立場に立った研究を抑圧するものである。
以上のように、小泉内閣と財界の経済政策は、労働者の労働・生活条件をいっそう悪化させるばかりか、当面の日本資本主義の危機にすらまともに対応できないものである。
こうしたなか、今「春闘」では、職場・企業ごとの賃金や労働条件だけにとどまらず、さまざまな職場の労働者が体験と知恵を寄せあい、労働者の立場からの経済政策要求をつくりあげることが重要になっている。また、こうした改良の要求課題にとりくむなかで、ブルジョアジーと資本主義はもはや社会の生産を責任持って運営することができないことをはっきりさせ、日本と世界の実情から具体的にあたらしい社会像をつくっていかねばならない。