『労働通信』2002年3月号
現代資本主義の新しい発展にたいして、西側の一部の経済学者、社会学者は、さまざまな論点を提起している。たとえば、ドラッカーの『ポスト資本主義社会―二一世紀の組織と人間はどう変わるか』、ガルブレイスの『新しい産業国家』、ベルの『脱工業社会の到来』などであり、言いかたこそ違うが、これらはすべて生産手段の私有制を基礎にした資本主義的生産関係がすでに変質しており、資本主義制度が日増しに合理的になるとし、資本主義が必ず消滅するというマルクス主義の歴史的結論がすでに時代遅れになっているとしている。そのショックをうけて一部の人人にいっそう、いまでも独占が現代資本主義の本質的特徴であるのか?マルクス主義の資本主義発展法則にたいする分析は誤っていたのか?という疑問を生じさせている。本論はこれらの問題にこたえるため、独占資本主義の発展にたいするいくらかの検討を行なう。
マルクス・レーニン主義は、帝国主義が独占資本主義であり、腐朽した、死につつある資本主義であると見なしている。しかも独占は資本主義が帝国主義段階へ発展したもっとも本質的特徴である。歴史発展のすう勢全体から見れば、独占資本主義は腐朽する本質をあらわすが、それはイコール直線的に滅亡に向かうものではない。事実、競争のメカニズムのもとで、資本主義社会における生産の集中の傾向はますます強まっている。生産の集中は必然的に資本の集中を要求し、資本の不断の集中のみが生産力の社会化の発展に照応する。資本が探し求める最大限の剰余価値に強力にかられて、科学技術革命の発展にともなって、資本主義諸国の自己調節のメカニズムの作用によって、独占資本主義の発展は低い形態から高い形態への変化の過程をへてきた。大まかにつぎの三段階にわけることができる。すなわち、私的(民間)独占、国家独占、多国籍独占である。
私的(民間)独占段階は一九世紀末、二〇世紀はじめから第二次世界大戦までの期間である。一九世紀末、エネルギー、交通を基礎とした科学技術革命は、資本主義の工業化過程を大きくはやめた。鉄道、道路、橋梁および大規模な公共施設の建設は、個別の民間資本単独の力では担えなくなった。しかしながら、工業革命の深化にともない、企業のスケールメリットは、ますますはっきりと現われ、中小企業が単純に剰余価値に依存する分散的な蓄積では、もう工業化生産の要求に対応できなくなった。このような背景のもとで、金融資本と独占的性格を有する大きな株式会社が、急速に発展した。資本主義は、自由競争期から独占の時期へと移行した。私的独占(民間)段階において、カルテル、シンジケート、トラストなどの独占の組織は、生産の集中と資本の集中の形態として、資本が高額な利潤を獲得する主要な手段となった。第二次世界大戦以前、社会化された大生産は、おもに各資本主義諸国の内部に限られていた。生産の集中と資本の集中の度合から言えば、私的独占(民間)は独占資本主義発展の低い段階にある。
国家独占の段階は、第二次世界大戦以後から一九七〇年代末までの期間である。私的独占資本主義は、工業生産の必要に対応しえたとは言え、同時に資本主義の生産の無政府状態をもいっそう深刻なものにした。二〇世紀の前半、資本主義諸国には二回にわたる歴史上もっとも厳しい生産過剰による経済危機が発生し、それが十数年あまりの長きに達した二回の世界大戦を引き起こし、資本主義は重大な打撃を受けた。「戦争と経済的崩壊とによって、すべての国が独占資本主義から国家独占資本主義へとすすむことをせまられている」(『レーニン全集』第二六巻一六六ページ)。国家は独占資本家の総代表として経済運営に介入し、マクロ的調節を実行し、有効需要不足と生産過剰の矛盾を解決し、経済危機の打撃からかれらを逃れさせ、独占ブルジョアジーの長期の利益をある程度保証した。国家の経済への関与は、資本主義社会の日増しに激化するさまざまな矛盾を緩和し、資本主義を破滅的な経済危機からしばらくのあいだ救いだし、「ひん死」のがけっぷちでかすかな生存のチャンスをもたらした。
多国籍独占段階は、一九八〇年代から現在までである。国家関与の政策を実行したため、第二次大戦後、資本主義は、戦争と経済不況の窮地のなかからしだいに元気を回復し、しかも一九五〇年代に一つの急速な、長い高度成長期にはいった。しかし一九七〇年代半ばから先進資本主義諸国にふたたび「スタグフレーション」の局面があらわれ、生産稼動率が低下し、失業者が激増し、生産が停滞し、物価が上昇し、独占資本による増殖運動はふたたび障害に突き当たった。そこで、ケインズ主義は、危機におちいった。フリードマンを代表とする新自由主義派は再興した。この学派の影響のもと、レーガン政府とサッチャー政府を代表とする資本主義諸国は一九八〇年代に、経済の再建をはじめた。それは、金融、交通、通信、エネルギーなどの部門にたいする規制を解除し、国有企業を民営化し、政府の公共支出と投資を下げ、公共福祉を減らし、商品、労働力、貨幣の自由流動化政策を大大的に推進し、労働組合の力を弱めさせたことなどであった。一九九〇年代はじめ、経済のグローバル化の到来にともない、世界的範囲で大きく広げられた市場経済や、情報技術を中核とする第三次科学技術革命は、全地球的範囲での資本の自由な流動を実現するためにかつてない条件を創り出した。この時期、多国籍企業は独占資本が高額な利潤をかすめとる効果的な形態となり、国際直接投資は独占資本の対外拡張の主要なすじ道となり、独占資本主義の発展はいっそう高い歴史的段階――多国籍独占資本主義にはいった。
多国籍独占資本主義は、資本主義の基本的矛盾の発展による必然的結果である。その根本的な特徴は、生産の集中と資本の集中が国家の地域的境界を突破し、しかも国家の規制を乗り越えようとするものであり、全地球的範囲で生産要素の最適な組み合わせを実現し、資本が全地球的範囲で最大限の増殖を獲得しようとするものである。グローバルな情報通信網と交通網は、生産と資本のグローバル的集中のために欠かせない物質的基礎と技術手段を提供した。
その一つは、生産の高度な集中、すなわち生産的要素の全地球的な範囲での優先的配置の実現であり、資本主義諸国に限られた社会化された大規模生産が、グローバルに社会化された大規模生産に転化したことである。多国籍企業とカルテル、トラストなど独占組織との最大の相違点は、グローバル的発展戦略を実行するところにある。多国籍企業は、高度に発達した情報と通信網を利用し、グローバルな範囲で工場を設置し、子会社をつくり、資本、技術、労働力、原材料など生産的要素の最良の組み合わせを実現し、全地球を基礎にした生産、研究開発と営業販売のスケールメリットを実現している。グローバルな協力分業体制は、労働生産性を大きく高め、世界のもっとも高い率の生産力をつくり上げ、資本に独占的超過利潤をもたらした。多国籍企業は一九八〇年代以後、急速に発展し、一九九九年に、グローバルな多国籍企業の総数は六万三〇〇〇、海外子会社が七〇万となった。グローバルな協力分業体制は、すでに工業製造業の流行となるモデルを完成させた。このほか、知識集約型の科学研究開発活動も新しい特徴をおび、多国籍企業は、グローバルなインターネットをつくり、知的資源の最良の組み合わせを実現している。たとえば、ノキア社は一四カ国で五二の研究開発センターを設立し、双方向のインターネットを通じて、設計の構想を交流し、仕事の進み具合を調節し、新技術のグローバルな応用を高めている。
その二つめは、資本の高度な集中――生産の社会化度合のかつてない向上が、資本の集中にたいするさらなる高い要求を提起し、競争と信用というこの二つのテコの作用によって、国際独占資本が日に日に形成されたことである。
まず、国際範囲の競争が全地球的な大小の独占資本間の買収と合併を導き、このことによって資本がいっそう高度に集中された。一九九〇年代以来、企業合併の波は、大きく高まった。以前の歴史上の三大合併熱にくらべて、今回の合併熱は、以下の特徴をあらわしている。第一は、数が多いこと。グローバル的合併件数は一九九二年の一八〇〇件あまりから、一九九六年の二万二〇〇〇件あまりに増え、そして一九九九年に二四万件へと激増した。第二は、規模が大きいこと。グローバルな合併の総額は一九九二年の七二六億ドルから一九九六年の一兆一四〇〇億ドルに増え、一九九九年の三兆四〇〇〇億ドルまでに達した。前三回の合併の波でまれに見る数十億ドル、一〇〇億ドル以上という合併事件は、現在では見慣れてきており、一〇〇〇億ドルを上回る買収もときどき発生するようになった。第三は、多くの業界におよび、新興産業の電気通信、金融、マスコミから食品、自動車、石油などまでほとんどのすべて産業におよんでいることである。第四は、国境を超えた買収事件がたえず増えていることである。一九九〇年代の多国籍企業による吸収合併が全地球の対外直接投資に占める比率は、ずっと六〇%以上をたもっている。
その三つめは、信用というテコが作用することによって、金融資本が高度に発達したことである。
その第一は、金融機関の多様化である。伝統的な商業銀行と投資銀行のほかに、保険会社、共同基金などの非銀行金融機関が巨大な発展をとげた。巨額な貨幣資本を握り、支配することを基礎に、これらの機構は、つぎつぎと資本市場に介入し、証券投資を行い、各産業の発展に切れることなく資金を提供し、大型独占企業の筆頭株主となった。
第二に、金融市場のグローバル化である。一九七〇年代のブレトンウッズ体制崩壊後、各国の金融体制はしだいに開放され、高性能の情報通信網が資本を地球のすみずみに早いスピードで流動させて、いつでも、最大の収益を見つけようとしている。貨幣、株券、債券市場のグローバル化は世界の資本市場をますます一つに融合し、多国籍企業は、一国の規制を突破して世界的範囲にもっとも安いコストの資金を手にすることができる。多国籍独占段階において、民間独占資本が結合していっそう膨大な国際独占資本となり、独占資本集団の利益がますます一つにとけあい、「あなたのなかに私がいて、私のなかにあなたがいる」という国際独占同盟を形成している。
多国籍企業がある程度において、生産と資本の高度な集中を実現し、生産の社会化発展の客観的法則に照応し、いっそう先進的な、いっそう高率の生産力を創造し、資本主義経済に新たな活力を注入したとは言え、多国籍独占資本主義は、資本主義の基本的矛盾を解消しえず、独占資本主義の腐朽した本質を変えてもいない。その反対に、経済のグローバル化の深化、発展にともない、資本主義的私有制の弊害の累積もますます積み上がっている。現代資本主義経済の繁栄現象の裏に巨大な社会的危機がおおい隠されている。
世界の貧富の差は、ますます大きくなり、富はますます少数の人の手に集中されている。経済のグローバル化は、独占ブルジョアジーによる自国の勤労人民と広大な発展途上国にたいする搾取と略奪の道具となっている。先進資本主義国についていえば、多国籍企業が全地球的規模で生産と分業をおこない、もっとも低いコスト戦略を実行しているので、大量の労働集約型産業が低廉な労働力を有する広大な発展途上国へ次から次へと流入することによって、失業が、これらの先進諸国の当面するもっとも厳しい社会問題となっている。発展途上国についていえば、資金と技術の欠乏によりますます過酷な搾取と略奪に直面している。現在、WTOに加入しているメンバーのなかで、発展途上国が四分の三を占めているにもかかわらず、貿易規制の制定権は主として先進諸国の手に握られている。このために、これらの規制は、より多く先進諸国の利益と要求を反映せざるをえないし、貧しい国と富んでいる国は、経済のグローバル化の成果を平等に享受することができない。現在、先進諸国の内部においても、先進諸国と発展途上国のあいだにおいても、二極分化の傾向がますます大きくなっている。統計によると、一九七〇年代では、アメリカのもっとも富んでいる二〇%の家庭の平均収入は一三万七五〇〇ドルであり、しかしもっとも貧しい二〇%の家庭の平均収入は一万三三〇〇ドル、両者間の差は一〇倍あまりであった。一九九六年になると、その差はすでに一五倍に拡大されていた。四〇年前、全世界におけるもっとも富んでいる人口ともっとも貧しい人口の一人平均収入は、三〇対一であったが、いまは、七四対一に拡大されている。二〇年前、国連構成国において未発達国は二〇あまりであったが、こんにちでは、かえって四八に増えた。事実は、貧富の二極分化がこんにちの世界のもっとも重大な問題となっていることを示している。
実体経済と擬制経済は分離し、金融投機は経済の正常な発展を抑えている。一九八〇年代以来、政府による金融規制の緩和にともない、株式、債券市場は、資本主義経済にかつてない地位を占めるようになり、先物市場とオプション市場も大きな発展をとげている。アメリカを例にとると、一九九四〜一九九九年、全企業の平均利潤の年増加率は約八・九%である。しかし株式市場の価格は二三・六%という速さで増大してきた。利益に駆られて、企業も現金流動機と化し、市場の波動によって波動するために、いつでも予測しがたい株式市場の投機の嵐におびやかされている。統計によると、全世界でただの三%の金融活動が生産と貿易にかかわっており、その他の九七%の金融活動は、実物経済を基礎としない投機行為に属している。不合理な融資構造は、バブル経済をもたらし、世界的な範囲の金融危機をつくりだした。一九八〇年代以来、世界経済は金融の波動におかれている。金融危機のひんぱつで、発展途上国も、先進諸国も大きな被害をこうむってきた。
生産の無政府状態は、世界市場に広がり、地球的規模の生産過剰恐慌が日に日にせまっている。資本の際限のない利潤追求の本性は、資本主義が一貫して生産と需要の矛盾によるかく乱を受けざるをえず、また周期的な経済恐慌を生まざるをえないことを規定している。資本主義は、多国籍独占の段階に入ってから、国家規制の解除が資本のグローバル的な営利活動のための道を清め、いっそう大きなグローバルな過剰生産危機のための種をまくことにもなった。国境を超えた企業買収事件の増大、多国籍企業規模の拡大にともない、どこの政府がその商業行為を管理し、規制し、調整するのか?だれが世界市場における生産と需要のバランスをコントロールするのか?という問題は、ますますさしせまっている。多国籍企業内部における高度の組織性と全地球市場における生産の無政府的状態は、あざやかな対照をなしている。もし、多国籍企業の生産にたいするマクロ的な調節をおこなう一つの強力な国際組織がなければ、地球的規模の過剰生産の経済恐慌は避けられないだろう。
環境がますますひどく破壊されており、人類の持続的な発展は、挑戦をうけている。多国籍企業の実力がますます膨張していることにともない、多国籍企業は、環境、税収、医療保険などの公共利益の問題におよぶまで、つねにあらゆる手段を使って各国政府の政策を左右する。もし政府が独占資本の勢力に屈服し、公共利益を維持する能力を失えば、人類の未来は楽観を許せない。現在、人類の持続的発展をおびやかす環境危機はすでに、この矛盾の発展のすう勢を十分暴露している。近年来、経済成長にともなって、植物種の減少、土地の流失、エネルギーの危機、大気の汚染、温暖化による災害のひんぱつが、人類の生存にたいする脅威を大きくしている。
以上の分析から、資本主義が多国籍独占の段階に発展し、「資本主義が資本主義に反対している」ことが、すでに学者の書斎のなかでの推論だけではなく、ますます広範に、深刻に広範な人民大衆が身をもって感じ取ることができる客観的現実となっている。社会的生産力の不断の発展にともなって、資本主義の生産手段にたいする独占の度合もますます高くなり、その基本的矛盾はますます先鋭化している。資本主義は必ず、先進的な生産力の発展が要求する新しい社会制度――社会主義にとって変わられるであろう。