『労働通信』2001年9月号

 扶桑社の『新しい歴史教科書』を読んで、たいへん「学ばせて」いただいた。教科書ってこんなにおもしろかったのかと思った。自分が中学生のころに、こんな感じをもって学校にいったことなどなかった。だいたい歴史の科目って人の名前と年号をおぼえることにのみ集中していて、たいくつであった。「イイクニツクロウ鎌倉幕府(一一九二年)」ぐらいしかいまは思いだせない。それより「太陽の活動の源はなにか」とか「女性の生理はなぜあるのか」などの授業のほうが興味があった。

 さて、くだんの歴史教科書の中身であるが、とくに「大和朝廷の外交政策」での大陸との関係や、「大化の改新」にいたる蘇我入鹿の成敗(せいばい)のところが小説でも読んでいるかのようなおもしろさがあった。しかし、おもしろさのなかに、なんとなく「天皇中心に日本がつくりあげられ、天皇中心にまとまったときに国がよくなった」という歴史観が「わかりやすく」はいってきそうで不気味である。

 近現代史の記述となると、不勉強である小生でも気になるところがある。問題になっている「韓国併合」や「大東亜共栄圏」構想の解釈、あるいは戦争を美化しているといったことについては良心的な学者などから批判されているので、それ以外に感じたことを述べたい。

 それは、「教育勅語」(原文を読んだのははじめて)で、「臣民」は国家・公共のために、尽力(犠牲をおそれず)をつくすことをもとめる精神主義が強制されていることに閉口したことである。

 また、「日清戦争と日本の勝因」の項でも「日本人が自国のために献身する『国民』になっていた」等のように、あちこちの項目のなかに、日本国民の「勤勉」「優秀」さと「愛国心」の記述がのべられている。日本ははやくから海外の権益をもとめる帝国主義の道をつきすすんでいた。しかし、『新しい歴史教科書』は明確な記述を抑制している。一例として、一八七六年からはじまった朝鮮をめぐる清国との覇権あらそいがある。「つくる会教科書」では中国とロシアの脅威をもちだして、日本の朝鮮侵略をおおいかくしており、日本が日清戦争で朝鮮と台湾の支配を列強に認めさせ、日露戦争で樺太から満州までの支配権を手に入れた一連の歴史事実をかるくながしている。

 また、イギリスが中国の貿易を有利にはこぶため「アヘン」を利用し、そのため経済危機におちいった清とイギリスとのあいだでアヘン戦争がはじまったと記述して、いかにも中国人民は低俗であるかのようにえがいている。しかし、時期はちがうが日本も台湾にて専売的にアヘンの売買をつづけて戦争の資金をかせぎ、満州国でっちあげののちもおなじことをおこなっていたことはどこにも書いていない。

 そして、明治維新の階級性を思いっきり否定していることである。
 一定、革命の言葉をもちいて、「支配者」の交代を説いているが、記述ではまったく意味が不明である。ふるい体制から、あたらしい制度へかわることは、「法則」としてとかねばならない。時代にあわなくなった封建制の「大名」支配が資本主義制度へと、大衆的な革命闘争をへて転換したのに、中身は一部の人の思いによる、単に「支配者」の交代ということにきりちぢめている。

 その後、ブルジョアジーは、国民のなかで「天皇制」イデオロギーを浸透させていくために、教科書に神話を登場させ、子どものころから教育していった。「つくる会」の教科書も、「ヤマトタケル」「スサノヲノミコト」の記述におおくのページをさいており、戦前の教科書とだぶってみえる。

 さる七月一日に京都で「教科書を検証する歴史研究者シンポジウム」がひらかれた。「つくる会」教科書は、あらゆる時代の歴史にかんする記述に問題点があると論じられていた。たとえば、与謝野晶子の記述では「家の存続を案じていた」と書かれてあるが、その第一節の痛烈な戦争批判の詩を無視した「真っ赤ないつわり教科書」だと指摘されていた。さらに事実のあやまりがおおいだけでなく、史実や史料の解釈の点でもきわめて特異なものであり、「日本・日本人」などのせまい枠にとらわれすぎて矛盾をあらわにしていると批判していた。

 人生と政治のなかにおける教育の重要性はいうまでもない。これからはなんのために勉強するのかを家族ともども考えていかねばならないと考えた。

 もっとも、近代の歴史解釈は「二度と誤った歴史を繰り返さない」とする著者が発行する文献が図書館などでおおくみかけるようになった(自分がいままで知らなかっただけだが)。意識をもってこれを利用するかしないかは親・おとなの責任である。

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