『労働通信』2001年1月号
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21世紀の第一章がひらかれた。この21世紀を、働くものが主人公となる、人類のあらたな世紀としてかなければならない。
そのため本誌では、20世紀の社会主義をめざすたたかいをふりかえり、こんにちの国内外情勢を検討し、21世紀の第一章をつづる労働運動の課題について考えてみた。 |
20世紀は、帝国主義とプロレタリア革命の時代であった。だが、それは直線的に発展した歴史ではなく、紆余曲折の歴史であり、進歩と反動、平和と戦争、運動の高揚と停滞が相互にからみあった複雑な道のりであった。
封建社会の胎内からうみだされた資本主義は、世界のすみずみにまでゆきわたり、自由競争をへて独占資本をうみだし、20世紀初頭には帝国主義段階へと発展した。
資本主義の発生とともにはじまった労働者階級のたたかいは、当初の未熟で一揆的なたたかいから、労働組合をうみだすことで、集団的・組織的な闘争へと成長した。
労働運動の発展と平行して、インテリゲンチャによって社会主義思想がうみだされた。それは当初、人人の平等な「理想的社会」、ユートピアを探求する空想的社会主義であった。その後、マルクスやエンゲルスは、フランスの空想的社会主義の思想とドイツの古典哲学、イギリスの経済学を批判的、発展的に摂取し、資本主義の搾取制度にたいする科学的分析を基礎に、科学的社会主義の政治・思想体系を創造した。
自然発生的な労働運動は、こうした社会主義思想やプロレタリア政党とむすびつくことによって、資本主義の結果にたいする改良の闘争だけでなく、労働者階級の社会、社会主義を実現させるたたかいへと発展してきた。それは、国際的な運動であり、万国の労働者の団結を労働者階級の解放の前提条件としていた。
二度にわたる世界大戦は、まさに世界帝国主義の力による対決であり、市場の再分割戦争であった。戦争と貧困によって人民大衆が苦しめられるなかで、マルクス主義をかかげる政党は、労働者、人民をひきいて第一次世界大戦のなかでロシアで革命を勝利させ、第二次世界大戦のなかでは中国や東ヨーロッパで革命を勝利させた。
1917年のロシア革命は、人類史と国際労働運動にとって一大転換点となった。一部の搾取するものを打倒し、広範な労働者階級・勤労人民が政治権力を獲得し、みずからの運命をみずからが決定する社会を実現する道へとふみだした。
ソ連においては革命後、第一次〜第三次五カ年計画をへて、おくれた農業国から先進工業国へと飛躍的な発展をとげた。それは当時の資本主義諸国が世界恐慌にあえいでいたのとは好対照であった。八時間労働制や母性保護など労働者の基本的な権利も確立され、充実した社会保障制度が実現した。それは、のちに資本主義の側もこうした制度をある程度導入せざるをえなくなるほどの大きな圧力となった。
そしてなによりも、ロシア革命の勝利をばねにして世界の共産主義運動を一つに統一するコミンテルン(共産主義インタナショナル)が結成され、その支部として世界各国の共産党の組織が建設されることで、世界の労働運動と民族解放闘争の様相は一変した。それは、挫折したとはいえドイツ革命を勃発させたのをはじめ、欧米や日本において労働運動を発展させ、深い眠りのなかにあった中国、インドなどで反帝民族解放闘争の炎をよびおこした。
1949年の中国革命は、植民地・従属国において、農民を中心としたおくれた民衆を革命に目覚めさせ、帝国主義の支配の鎖をうちやぶるという偉大な勝利をもたらした。中国革命をみちびいた毛沢東思想は、発展途上国における革命の戦略戦術のみならず、大衆路線、実事求是の科学的態度など、革命運動にとって貴重な経験を理論化し、マルクス・レーニン主義を豊かにした。
第二次世界大戦後、アメリカ帝国主義を中心とする資本主義陣営と、ソ連を中心とする社会主義陣営との対立を軸とした米ソ二極構造がかたちづくられた。アジア・アフリカ・ラテンアメリカの人民は独立をかちとり、旧植民地主義の体制を崩壊させた。
二つの陣営の力関係は、大戦直後から1950年代までは社会主義が資本主義を圧倒していたが、60年代から70年代にかけては対峙状況となり、80年代から90年代にかけて社会主義は苦戦をしいられ、ついにソ連、東欧諸国が崩壊するという事態にいたった。
なぜ、このような歴史の逆転現象がうまれたのか。その解明には今後十分な調査・研究が必要であるが、いまの時点ですくなくともつぎのことがいえるのでないだろうか。
一つは、アメリカをはじめとする帝国主義が、軍事力を背景にしつつ、社会主義国への経済的な浸透や、「人権外交」などの政治攻勢、衛星放送などのマスコミをつうじたイデオロギー攻勢などによって、社会主義国を「平和的」に崩壊させる政策をとったことである。アメリカはベトナム戦争までは、核兵器を中心とする圧倒的な軍事力によって社会主義諸国を封じこめ、反帝民族解放闘争を弾圧しようとしてきたが、成功することができなかった。そこからかれらは、70年代のなかば以降、政策の転換をはかってきたのである。
いま一つは、資本主義自身が「自己改革」をおこなったことである。
戦後の資本主義諸国は、国家の力をつかって公共投資などの「有効需要」をつくりだし、さらに技術革命と生産性の向上によって自動車や家電製品などの耐久消費財を比較的安く生産することによって、全国民的な「大量生産・大量消費」の構造をつくりだし、比較的長期にわたる「持続的成長」を可能にした。それは、「資本主義の不治の病」とよばれた過剰生産恐慌を先のばしする効果をうみだした。また、福祉政策など社会主義の政策の一部をぎまん的なかたちではあるがとりいれ、階級矛盾の激化をふせぎ、労働運動や人民運動のなかに、資本主義のもとでの改良をもとめる改良主義の影響をばっこさせることに成功してきた。さらに、「先進国首脳会議」などを定期的にひらき、アメリカ、日本、ヨーロッパなどの帝国主義国のあいだの矛盾を調整し、かつてのような帝国主義戦争をふせいできた。
一方、社会主義国の側は、第二次世界大戦の過程でコミンテルンを解散しており、戦後の帝国主義のあらたな攻撃にたいして社会主義諸国や世界の共産党がプロレタリア国際主義にもとづいて団結してたたかうすべをうしなっていた。
そして、帝国主義による軍事的どう喝のもとで、膨大な軍事費負担をしいられ、社会主義国の経済はいっそう硬直化、官僚化し、人人の生活水準は西側資本主義国よりも相対的にたちおくれ、社会主義的民主主義も窒息させられてきた。そこには、ソ連にせよ、中国にせよ、おくれた国における革命で勝利し、経済的にも政治的にも、人人の文化水準の面でも相対的におくれた状態から出発しなければならなかったという歴史的な制約も大きく作用している。
こうしたなかで、ソ連においてフルシチョフやゴルバチョフなどによって社会主義の右からの「改革」がこころみられたが、いずれも失敗し、最後にはソ連自身が崩壊するという悲劇をまねいた。中国においては、こうした「改革」が「資本主義への道をあゆむものである」と批判し、プロレタリア文化大革命が発動された。それは、60年代の後半から70年代の初頭にかけて世界的な規模で反帝闘争を鼓舞、激励するという積極的な役割をはたしたが、中国の社会主義権力、経済、科学技術、文化、人民生活を改善するどころか10年以上にわたって疲弊させる結果におわった。
60年代なかばから世界的に発展した青年学生運動や労働運動も、一部の先進分子の突出した行動は「英雄的」ではあったが、大衆から遊離し、その弱点を敵からつかれて、運動の停滞をまねくにいたった。
90年代初頭、ソ連、東欧諸国の崩壊や湾岸戦争によって「アメリカ一極支配」が実現したかのような状況がうまれた。
だが、その後の10年をみれば、資本主義が勝利したということはできない。世界経済の成長率は、一九五〇年代には年率5%であったが、70年代、80年代と歴史的に低下し、90年代前半には2%台にまでおちこんでいる。失業者は世界全体で10億人をこえている。
このもとで、過剰生産からのはけ口をもとめて、資本主義のグローバル化が急速な勢いですすんでいる。アメリカをはじめとする帝国主義国は、グローバル化のもとでの「大競争時代」にいきのびるために、IT(情報技術)をつかったあらたな市場の創出とリストラ「合理化」、規制緩和、民営化、社会保障制度の改悪などを強行し、すべての犠牲を労働者、勤労人民に転嫁しようとしている。
グローバル化は、資本主義の危機をいちだんとふかめざるをえない。
金融のグローバル化によって、「マネーゲーム」が横行し、地球規模で実体経済と金融投機との差がますますひろがっている。資本主義のグローバル化は、アメリカ、ヨーロッパ、日本などの帝国主義同士の競争と市場争奪をなりふりかまわないところまで激化させている。
WTO(世界貿易機関)を舞台にしたグローバル化や「IT革命」は、アメリカをはじめとする帝国主義国と発展途上国との格差をますます拡大し、「南北対立」をいっそう深刻化させている。それは、西側先進資本主義国の内部においてさえ、規制緩和や社会保障制度の改悪によって失業や貧困化をもたらし、階級矛盾を先鋭化させている。九九年一二月にシアトルでひらかれたWTO首脳会議にたいして、世界的な抗議行動がたたかわれたことは、資本主義のグローバル化に反対して世界的な規模で階級闘争があらたな装いではじまったことを意味している。
中国、朝鮮、ベトナム、キューバなどの社会主義国も、「開放・改革」「ドイモイ」など呼び方はちがうが、あらたな実験にふみだしている。それらはいずれも、共産党の指導と社会主義政権を堅持しながらも、資本主義がうみだした先進的な科学・技術を大胆にとりいれ、西側の資本や市場経済をも利用して経済を発展させ、グローバル化のもとで資本主義との競争にうちかとうとしている。対外的には、第三世界諸国との連帯をつよめ、西側諸国同士の対立をも利用しながら、アメリカ一極支配に反対している。
資本主義のグローバル化は、先進資本主義国における労働運動、人民運動と、第三世界諸国のたたかい、反帝民族解放闘争、中国をはじめとする社会主義国が、それぞれ「別個にすすんで、ともに撃つ」というかたちで、アメリカをはじめとする帝国主義とたたかうという、二一世紀のあらたな世界的な規模での階級闘争の構造をうみだしている。「万国のプロレタリア、団結せよ!」というマルクス、エンゲルスがよびかけたテーマはますます現実的で具体的な課題となっている。
そして、資本主義のグローバル化は、世界的な規模で生産の社会的性格をつよめ、社会主義の物質的な基盤をも準備している。
20世紀の社会主義は、偉大な勝利と挫折が交錯する歴史であった。社会主義は、人類未踏の「実験」であり、その途上ではソ連の崩壊のような多大な犠牲をはらった失敗もあった。中国をはじめとする社会主義国の「改革」も、経済や人民生活の向上をかちとっているが、一部の幹部の腐敗や貧富の格差の拡大など、克服しなければならない課題にも直面しており、こんごその正否が問われてくる。だが、人類はこうした正反両面の経験からもまなびながら、紆余曲折をへて、資本主義から社会主義へと歴史を発展させるであろう。
こうした歴史的・世界的な視野をもって、こんにち日本の労働者、人民が直面している苦難の現実から出発して、労働運動を軸に21世紀の社会主義をめざすたたかいを発展させていくことがもとめられている。
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