『労働通信』2000年11月号
| 森内閣が「IT(情報技術)革命」をかかげ、その推進に血眼になっている。それは、現代の社会にどのような影響をあたえるのか、全貌はまだあきらかになっていないが、社会のあらゆる方面に深刻な変革をひきおこしていることだけはたしかである。その研究のための第一歩として、ITが産業にあたえる影響を考えてみた。 |
広島市内のある中小自動車部品メーカーの社長・A氏は今年はじめ、アメリカへむかう飛行機にのりこんだ。A氏の会社は長年、広島に本拠をおく自動車メーカー・マツダに部品を納入してきた。マツダからは、単価のきりさげなど、きびしい要求をされながらも、それなりに安定的に注文をうけることができていた。
ところが、マツダがフォードの傘下にはいり、「世界最適生産」の名のもとに生産体制の世界的な再編成をおこない、部品の調達も世界でもっとも安いところから仕入れる方針をうちだしてから、地元・広島の自動車部品工場は大きな打撃をうけた。A氏の工場も例外ではない。
A氏は、「もうマツダだけにはたよっていられない。マツダ以外にも販路を拡大するため、アメリカの自動車メーカーにも営業をかけよう」と一念発起して渡米したのである。
アメリカでは某自動車メーカーの資材担当のマネージャーが会ってくれた。ちかく、ある部品を大量に調達する予定だという。A氏は、いきおいづいて「さっそく見積書をおもちしますので、つぎにお会いする日程を……」といったところ、マネージャーからは「いそがしいので、いちいち会っているひまはない。インターネットで世界中の部品メーカーを対象に公開入札することになっているから、指定された日時に見積金額をインターネットで入札してほしい」とつげられた。
この自動車メーカーの世界中の工場に供給する部品であるので、もし受注できればビッグな商談となる。失注すれば、ますます先がみえなくなる。
帰国したA氏は会社の命運をかけて見積を作成した。
指定された入札の日時はアメリカの営業時間にあわせているので、日本では真夜中だ。深夜、社長室にあつまった重役たちは、パソコンにむかって指定されたフォーマット(書式)にしたがって入札内容を慎重に入力し、送信ボタンをクリックした。A氏たちは、その結果がディスプレイに表示されるのをかたずをのんでまっていた………。
その様子は、「IT(情報技術)革命」とグローバル化がすすむなかで、急速に変化する社会・経済のすがたを象徴している。
ITの進展にともなって、「サプライチェーン・マネージメント」(SCM=全体最適経営)という経営手法が登場してきている。サプライチェーンとは、原材料や部品の供給業者からメーカー、物流業者、卸売業者、小売業者へといたる一連のつながりのことである。SCMとは、情報技術を駆使して、これらの業者間で情報を共有し、生産・供給・財務・人員配置などを日報体制で把握し、生産時間の短縮や在庫の圧縮、欠品の解消、生産計画の変更などを瞬時におこなう体制をつくろうというものである。しかも、こんにちでは、このSCMは多国籍企業の主導のもとで世界的な規模で展開されている。
その背景にあるのは、グローバル化によって商品の取引、資本、情報が国境をこえて瞬時に動く時代となり、資本間の国際競争がますます苛烈になっていることがあげられる。このもとで競争にうちかつためには、「消費者」のもっている多様な要求を、必要な量だけ、必要なときに、競争相手よりも安く供給することが必須条件となる。そのためには、一企業の「努力」だけでは限界があり、サプライチェーン全体で経営の「効率化」をはかることが死活の要求となっているのである。
情報技術やSCMは、製造業にどのような影響をあたえているのだろうか。
製造業の生産ラインでは、すでに70年代からロボットやFA(工場の自動化)がすすめられてきたが、これはおもに生産性を飛躍的に高めるとともに、多品種少量生産を可能にするものであった。これにたいして、SCMの場合は、ITを最大限に利用して市場の動向をいちはやくつかみ、これに応じた部品、資材の調達、より柔軟な多品種少量生産、小刻みな生産・物流・販売計画の変更を企業の枠をこえてつらぬこうとするものである。
最近では、企業間の電子商取引(いわゆるBtoB取引)が活発化しつつある。その典型的な例は、ゼネラルモーターズ、フォード、ダイムラー・クライスラーなどアメリカの自動車大手三社がはじめた「電子商取引ネットワーク」である。これは、三社の共同出資で、メーカー系列をこえて、製品情報や受発注、見積や値段交渉などをインターネット上でおこなおうとするものである。
日本でも、とくに国際競争がはげしい電機産業や自動車産業において、松下電器産業が資材調達の大部分をネット取引に転換したり、自動車産業ではメーカー8社、部品メーカー11社で自動車業界標準ネットワーク(JNX)が稼働するなど、業界全体のSCMがすすんでいる。それは、従来からの系列取引を破壊するとともに、企業の製品情報が一覧できたり、インターネット上での入札やオークションがおこなわれたりすることで、価格競争の激化や大資本の取引上の優位をいっそう増大させている。ちいさな町工場さえも世界中の企業と一覧表示させられ、競争させられている。冒頭に紹介した広島の自動車部品メーカーはその一例である。これに対応するためには、それなりの情報化投資が必要となってくるが、製品の価格は世界的な競争のもとでひきさげられる一方であり、資金力がついていけない企業は淘汰されざるをえない。
また、IT化のもとで製造業の構造もかわりつつある。従来の家電産業などでは、同一の企業グループが部品の生産から組立、販売サービスまでを一貫しておこなう垂直型の産業構造がおおかった。東芝、日立、松下電器などがその例である。ところが、IT産業では、MPU(コンピュータの心臓部となる部品)やメモリなどの半導体をつくっている企業(インテル、モトローラ)、コンピュータを製造する企業(コンパック、デル、富士通)、ソフトウエアを開発する企業(マイクロソフト、ロータス、オラクル)などが水平的に存在し、これらの企業のあいだで系列などに関係ない競争が激化している。そして、そのなかでは、「ウィンテル連合」(ウィンドウズを開発したマイクロソフトとこれに対応したMPUメーカーのインテルの連合)のように、事実上の「世界標準」となった技術を開発した企業――おもにアメリカ企業――が圧倒的に優位な地位をしめ、サプライチェーンのなかで利益を独占する構造がつくられている。
(参考資料:一覧表――ITが小売、銀行、建設、運輸にあたえる影響)
流通のコストの圧縮は、情報技術をつかったSCMのもっともはっきりした「効果」であり、資本にとってIT導入の最大の動機ともなっている。それだけに影響もおおきい。とくに最近のいちじるしい特徴は、インターネットをつかったBtoC(企業→消費者)取引が急速に拡大していることである。
その典型的な例がデルのコンピュータのインターネット直販である。消費者は、ホームページ上で自分の予算や必要な機能を考えてさまざまなパーツを組み合わせてパソコンを注文できる。デルはその注文に応じて部品メーカーからパーツをジャスト・イン・タイムで仕入れて組み立て、消費者にとどけるという受注生産体制である。これは、SCMを卸・小売を「中抜き」して実現したものである。
あるいは、「楽天市場」のように実際に店舗をもつのではなく、ホームページ上に2500の店舗をあつめ、27万点以上の商品を販売する「オンライン・ショッピング・モール」などが登場してきている。これは、実際の店舗の維持費や人件費などのコストをつかわずに百貨店以上の品ぞろえを実現している。
最近では、パソコンをつかったインターネットからだけでなく、携帯電話からもさまざまな商品の購入やチケットの予約等ができるようになっている。
こうしたBtoCの電子商取引の規模は、99年で3360億円と前の年(645億円)の4倍となり、さらに2004年にはその20倍の6兆6620億円に急拡大するとの予測もだされている(電子商取引実証推進協議会)。
もちろん、これらによっても実際の店舗がすべてなくなったりとか、卸・小売業者がすべて淘汰されるというわけではない。しかしデパートにせよ、専門店、問屋、小売店にせよ、あらゆる卸・小売業者がいっそうはげしい競争にまきこまれ、ITを活用できる業者とそうでない業者との格差もひろがってくるであろうことはまちがいない。
とくにコンビニエンス・ストアは、全国にくまなく配置された店舗と物流網、現金決済機能をつかって、インターネット直販された商品の受け渡しや代金支払いの拠点となりつつある。コンビニでは、レジにコンピュータをくみこんだPOS(販売時点情報管理システム)によって、全国の顧客(男女別、年齢層別)がどんな商品を買ったかを瞬時に本部が集中できるようになっており、SCMの末端で消費者の購買動向の情報を集中・分析する役割をはたしている。さらにコンビニで公共料金の支払いの受付をおこなったり、ATM(現金自動預払機)を設置するなど銀行の窓口的業務もになう状況もうまれている。いわば、コンビニエンスストアは、小売業におけるIT化の拠点ともなっており、それが周辺の中小商店などにあたえる影響は大きい。
物流部門のIT化も、物流(在庫をふくむ)コストの削減を至上命令とする資本にとって大きな課題となっている。
すでにヤマト運輸や佐川急便などの大手の宅配便業者は高度な運行管理システムをもっているが、中小の運送業者はほとんどそうしたシステムをもっておらず、競争は大手に圧倒的に有利な状況がうまれている。
さらに今後、トラック運送業では、情報技術をつかって「帰り荷」を確保する競争が激化している。それは、規制緩和のもとですすんでいる運賃の過当競争にいっそうの拍車をかけざるをえない。
金融の肥大化、再編、競争の激化は、ITの発展と相乗作用をおこして急速にすすんでいる。
世界的な規模での過剰生産危機のなかで、80年代以降、生産的投資への行き場をうしなった過剰資本が、国際的な規模でばく大な投機資本をうみだしている。これらは、ヘッジファンドにみられるように、すこしでも有利な利ざやをかせげるところをもとめて、世界中を動きまわっている。そうしたことを可能にしたのも情報技術の発展である。それは、タイに投資していた投機資本がいっせいに資金のひきあげをおこなったためにアジア経済の危機をひきおこしたように、世界経済の不安定化をひきこしている。
国際的な金融資本同士の競争が激化するなかで、日本においても、従来の銀行を頂点とした六大企業集団の枠組みがくずれはじめ、みずほフィナンシャル(第一勧業銀行、日本興業銀行、富士銀行)、住友・さくら、三和・東海、東京三菱のあらたな四大銀行グループにわかれて国際的な競争にのりだしていこうとしている。これに外資系銀行の参入やイトーヨーカドーなどの異業種からの銀行への参入、銀行、証券、保険の相互乗り入れなどがからみ、金融業界の競争もいちだんと苛烈になっている。
このなかで競争にうちかつためには、情報化投資が決定的となっている。銀行業界ではもともとATMをオンラインでネットワーク化するなど情報技術の活用ははやくからすすめているが、ここにきて、オンライン・バンキング(家庭や企業と銀行とを通信回線でむすび、残高照会、振込・振替などをおこなう)や携帯電話をつかったバンキングサービスがはじまり、さらに店舗をもたないインターネット専業銀行の設立もはじまっている。
IT革命の経済の各分野への影響をまとめてみると、つぎのような特徴がうかびあがってくる。
そしてこれらは、労働者にとってはいっそうの搾取の強化をもたらすことになる。
生産性の飛躍的な向上は、資本主義のもとでは、労働者にとって大規模な人員削減とならざるをえない。とくにこんにちのIT化では、管理部門の大幅な縮小を可能にするため、大量のホワイトカラーの失業をうみだしている。
99年版の「経済白書」でも、90年から97年にかけて情報化投資によってあらたに172万人の雇用をうみだしたものの、この情報化によって194万人の人員が削減されており、さしひき22万人の雇用がうしなわれたと指摘している。とくにITに対応できない中高齢の労働者や熟練工などの職場はますますせばめられている。
さらにSCMによって市場の動向によって小刻みに生産計画をかえていく体制がつよまるため、それにあわせて雇い入れたり、解雇したりすることができる臨時、派遣、パートなどの不安定雇用労働者もふえていかざるをえない。そのなかには、コンピュータ技術者など専門的技術職もふくまれる。これは、日経連が95年に「新時代の『日本的経営』」のなかでうちだしたように、労働者を、
――などに三極分化させていく方向である。
さらに企業間競争――とりわけ価格競争――が激化する一方で、情報化投資への負担がつよまるなかで、そのしわよせは労働者の賃金のきりさげへとむかわざるをえない。そして企業の業績向上に貢献できる労働者とそうでない労働者をふりわけ、賃金全体をおしさげるために成果・実績主義の賃金が導入され、労働者同士が競争させられる状況がつくられている。
労働内容の面でも、小刻みな生産計画の変更や短納期の仕事がふえ、労働の密度は高まらざるをえない。急速に変化する技術に対応して、ふだんのスキルアップ(技能の向上)や管理能力・折衝能力などの向上を「自助努力」でおこなうことをもとめられ、労働者の精神的な負担やストレスもますますおもくなっている。
以上のようにこんにちのIT化は、資本主義のもとでの利潤追求のためにつかわれるかぎり、労働者や勤労人民を犠牲にせざるをえない。だが、ITそのものは歴史的な進歩性をもつものである。ITを利用したSCMなどは、全国民の必要とするものを的確に把握し、全社会的な規模で計画的な生産をおこなう社会主義経済を実現していく技術的な基礎を提供するものである。
労働の面でも、IT化によって労働者は複雑な事業をこなし、高度な管理能力をもたざるをえないようになり、将来、より高度な社会的生産の担い手となる力をたくわえつつある。もちろん、そのためには、個個の労働者の能力が高まるだけでなく、労働者がみずからを階級として組織し、階級闘争によってみずからが支配階級となって登場していく歴史的なたたかいが不可欠である。
そのうえで、インターネットなどITの成果を、労働者自身の情報発信や交流、国際連帯などに積極的に活用し、労働運動の強化のために役立てていくことも必要となってくるであろう。