いま 、なぜレーニンの労働組合論なのか

『労働通信』編集委員会

 

『労働通信』2000年9月号

 

 『労働通信』編集委員会はこのたび、 『レーニンと労働組合――レーニンの労働組合学説史』 (呂嘉民著、土肥民雄訳)を出版した。

 著者の 呂嘉民氏 は、中国の労働組合センター・中華全国総工会が運営する中国労働運動学院の現役教官である。同氏が1987年に遼寧人民出版社から出版した『列寧工会学説史(レーニンの労働組合学説史)』がこの本の原著である。

 このなかで呂嘉民氏は、ロシアの労働運動の生成、発展から1917年の十月革命にいたる時期、そして権力奪取後、戦時共産主義や新経済政策など、社会主義建設へといたる時期に、レーニンがうちたてた労働組合にたいする思想、理論、経験を史実にもとづいて体系的に整理し、独自の解説をくわえている。

 ロシアの革命運動史上、幾度となくおこった労働組合運動をめぐる論争についても、その背景や内容を克明にあきらかにしている。

なぜレーニンなのか?

 いまの時期になぜ、レーニンなのか? この本の出版を企画する段階でも、また普及・販売をはじめてからも、われわれは、いく人かの人人からこういう質問をうけている。

 ソ連、東欧の崩壊以後、マルクス・レーニン主義の「権威」は大幅に低下した。さいきんでこそ、深刻なリストラ、失業問題などを背景にしてマルクス主義のみなおしも一部ではじまっているが、マルクス、エンゲルス、あるいはトロツキーの再評価はおこなっても、レーニンの理論への風当たりはいぜんとしてつよい。日本共産党の不破哲三氏がレーニンの『国家と革命』を全面批判する論文を発表したのもさいきんのことである。「中国にいたっても、レーニンの理論は大きな衝撃を受けた」と著者自身も語っている。

 それでもなお、この本の出版にふみきったのはなぜか。それは、この本のなかから、つぎの二つの点について、わたしたち現代の日本の労働者がおおくの示唆をえることができると考えたからである。

 一つは、資本主義国における労働組合運動、あるいは社会主義運動のあり方についてである。もう一つは、社会主義国における民主主義をどうかちとるかという問題である。

資本主義国の労働組合のなかでの多数派の形成を

 『レーニンと労働組合』の 第一章から第三章まで は、ロシアの初期労働運動の発生から十月革命までの、資本主義の時期における労働組合運動、あるいは社会主義運動のあり方について書いている。

 『労働通信』の今月号の 特集「労働組合の存在意義がとわれた夏の労組大会」 でもとりあげているが、いま、労働組合の存在意義、その根本的なあり方が問われている。かつては、企業の成長にともなって、労働者の労働条件も改善していくという経済主義、組合主義の労働組合運動であっても、労働者の目前の要求をある程度満足させることはできた。だが、「グローバル化」「大競争時代」のこんにちでは、おおくの労働組合は、実質的には企業の生き残りのために労働者を犠牲にすることに手を貸している。

 レーニンは、マルクスの思想をうけついで、労働組合は、労働者同士の対立を解消し、労働者の日常の経済的利益をまもるために労働者の団結をうながす組織であるだけでなく、将来的には労働者の資本主義的搾取制度からの解放をかちとる組織へと成長しなければならないと説いていた。その意味で、労働組合は共産党とならんで、労働者階級の二大階級組織であると考えていた。

 この観点からレーニンは、労働組合が革命の砦であり、党の大衆的基盤であるとみなし、労働組合を獲得することに全力をあげて指導した。実際に、ロシアの未完におわった1905年の革命も、1917年の二月革命も十月革命も、労働組合が主力をになった。労働組合はソビエトの基礎であり、労働組合と初期のソビエトは同義語であった。革命後も、労働組合が社会主義国家の基盤となり、経済建設や軍事建設において主要な役割をはたした。そのため、レーニンは革命派が労働組合のなかで多数派を獲得することなしに、権力奪取や社会主義建設もありえないと考え、活動家の労働組合内での活動をきわめて重視した。

 しかし、レーニンは、党が労働組合をみずからの下部組織とみなし、ひきまわすことには反対した。党は労働組合を指導しなければならないが、それはおもに組合員の政治思想教育をつうじてであり、組織的には党と労働組合はまったく対等である。労働組合内の活動では、少数は多数にしたがうという大衆組織の原則にもとずいて、ねばりづよく革命派が多数の労働者を獲得するために奮闘しなければならないと考えた。

 実際に、レーニンは党内においても、労働組合のなかにおいてもしばしば少数派となった。そうしたなかでもレーニンは、反対派をきびしく批判しつつも、非常にねばりづよく多数派を形成していく努力をしていったし、とりわけ労働組合の活動家にたいしては敬意をはらい、懇切丁寧に説得をつづけていった。

 アナルコ・サンディカリズムとの路線闘争においても、レーニンはかれらがプロレタリア政党の解消をはかるものだと批判しながら、同時にそのなかにある戦闘的で生気はつらつとした要素を吸収しようとするなど、柔軟な姿勢をとったという。

 資本主義が高度に発達し、労働力人口の7割以上が労働者階級である日本において社会主義革命を実現しようとするならば、革命をめざす勢力が労働者階級の多数派を獲得すること、すくなくとも労働組合内で多数派となり、未組織の労働者の組織化でも指導権をにぎらなければならない。だが、日本共産党や新左翼諸党派、「毛沢東思想」派などをふくむ日本の左翼諸勢力は労働組合運動のなかでいぜんとして少数派にとどまっているといわざるをえない。リストラ問題など、労働者がかかえる問題が深刻になっているこんにちでも、アメリカの労働運動のような活性化した状況もみられていない。

 60年代の後半から70年代の初頭にかけての革命運動の高揚期には、日本全国で、仕事ができて、人望があり、戦闘的で有能な青年労働者が大量に左翼勢力に結集していった。だが、その後、かれらのおおくは、大衆からうきあがらされ、ある場合には職場から追われ、運動にざせつしていかざるをえなかった。そこには、資本や労働官僚などによる巧妙な弾圧や「孤立化」政策があったとはいえ、左翼の側にもそれをつきやぶるだけの戦略や思想、政策、方針などをうちだせなかったという問題があるのではないだろうか。

 とくに新左翼や「毛沢東思想」派といわれた勢力のおおくは、労働組合の指導権が右翼的な労働官僚や労使協調派ににぎられるもとで、組合内で大衆のなかにはいり、その深部の要求をつかみ、大衆闘争を組織し、多数派を形成していくという目立たないが困難な努力を回避し、「何でも反対派」「ケチつけ左翼」「一人敢然主義」の活動となり、職場外のカンパニアに労働者を動員することがおもな活動となってきたのではないか。「新左翼労働運動」の指導者の一人とされた樋口篤三氏は、こうした傾向の根底にある思想は、労働組合運動や大衆、革命に責任をもたず、労働者の多数派を獲得する能力も意志もない、自分だけの正義感が充足すればよいとする体制内不満派、個人主義の立場であったという趣旨のことを書いている(『新左翼運動四〇年の光と影』新泉社刊)。

 レーニンが、ヨーロッパの共産主義運動を批判して『共産主義内の左翼「小児病」』という著作を発表した背景にある問題は、ふるくてあたらしい問題だといえる。

 その他、紙面の関係でおおくを語ることはできないが、第一章から第三章まででは、レーニンが提起した政治闘争と経済闘争との関係や、「解党派」、「召還派」、「労働組合中立論」、アナルコ・サンディカリズムとの闘争など、おおくの重要な原則的問題をとりあげており、こんにちの労働運動の実践にも示唆をえることができる。

社会主義国における民主主義をいかに実現するか

  第四章から第七章 までは、ソビエト政権樹立後の労働組合運動の路線、政策についてのレーニンの理論の変遷と発展についてえがいている。著者の呂嘉民氏自身は、この本について「社会主義国家が政治的民主主義をいかに実現していくかにかんするレーニンの独特な理論を紹介し、記述したものである」( 日本語版への序文 )とのべているように、このテーマに主要な問題意識をもっているようである。

 レーニンは、十月革命の直後、「労働組合の国家化」政策をうちだし、国家の機能をただちに労働組合にになわせ、国の主人公として労働者階級に国家統治への情熱をかきたたせ、その後、国家権力を労働者、人民に返還するという、いわば直接民主主義、共産主義的自治を性急に実現しようとした。

 だが、当時のロシアの労働者階級の文化的科学的水準や管理能力、民主主義的素養がきわめておくれた状態であったため、「労働組合の国家化」政策は、労働者階級の権力を樹立し、強固にしていく上で一定の積極的役割をはたしたにもかかわらず、同時に政治的経済的に重大な混乱をもたらさざるをえなかった。

 そのためレーニンは、1920年にはいって、「労働組合・国家融合論」をうちだした。それは、労働者階級が国家を統治していくことによって、民主主義的自治と国家の消滅を実現するという終局の目標はかえられないが、それをただちに実現することはできず、そのためにはいくつかの条件が必要であるという理論である。それは、労働者階級が民主主義的素養と文化的科学的水準と管理能力を高めることである。そのため、労働組合は「共産主義の学校」となり、労働者階級が管理に参加することをとおして、管理をまなび、その水準が高まるに応じて、一歩、一歩、国家機能をにない、その範囲を拡大し、最終的にはそれを全面的にになえるようにしなければならないと考えた。

 この点について著者は、つぎのようにのべている。

 「この理論は、いくらかのさけがたい空想的要素をおびているにもかかわらず、しかしこの理論のなかにふくまれている民主主義的精神は、じつにえがたい価値をもっているのである。少なくともレーニンは、社会主義国の政権党と国家組織が、国家権力と機能を不断に労働者に返還し、人民に返還しなければならないことをいっかんして堅持していた。……レーニンが逝去したのちに、この理論は高閣にしまいこまれ、政権をにぎっている各共産党がレーニンの理論とは反対に、よりおおくの権力集中の道をあゆみ、社会主義を全地球的規模の大敗北へとみちびいた。もし、現存する社会主義国がこのような敗北を回避したければ、かならずしだいに権力を労働者に返還し、人民に返還するという大方向へむかって前進しなければならないであろう」。

 ソ連、東欧などの崩壊の原因や、現在の中国の「社会主義市場経済」への評価など、評価がわかれ、おおいに議論すべき点がおおいのであるが、中国の現在の労働組合運動に影響力をもつ著者の論点は非常に興味深いところがある。

 リストラや首切りなどにおおくの労働者がくるしめられる一方で、社会主義の現実的展望が十分にみえないいま、レーニンが晩年に社会主義国における民主主義自治を現実的に実現しようとしたプロセスは、現在のわれわれにとってもおおくの示唆をえられるであろう。

二一世紀の労働運動の糧に

 いうまでもないことだが、呂嘉民氏が整理したレーニンの労働組合運動についての理論と実践は、二〇世紀初頭のロシアにおける労働運動の経験をおもな基礎にしている。この経験と理論をまなびつつ、二一世紀を直前にひかえた日本の労働組合運動の実践の正否はわたしたちの双肩にかかっている。『レーニンと労働組合』が、そのための思想的基盤をかためていくための一助となることを確信し、おおくの読者のみなさんにぜひご一読をお願いしたい。

 

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