『労働通信』2000年5月号
関西地域で第2回読者交流会を開催
3月18日、大阪市中央区のアピオ大阪で、第2回の『労働通信』関西地域読者交流会が開催された。
はじめに、編集部より、『労働通信』3月号の巻頭記事「グローバル化のもとでの『春闘』」の内容が提起されたあと、「春闘」をめぐる職場の状況が交流された。
NTTでは、会社側が当初から「ベア・ゼロ」を強硬に主張してゆずらず、労組も、はやばやと受け入れた。だが、資本の攻撃はそれにとどまらず、今後3年間で2万1000人もの人員削減がうちだされている。そのなかでは、地方から大都市部への大規模な「労働力移動」が提案されており、「病気の年寄りがいるから」といった理由はいっさい認められない状況となりつつある。社宅、病院、保養所などへの補てんもはく奪されようとしている。
このようななかで、下部労働者のなかではカンカンガクガクの議論がなされている。ある分会の役員が職場全員集会の席上、「こんな状況で労働組合がなにもしないようなら意味がない。思いきった行動が必要だ。みんな、バックアップしてほしい」とのべたことも報告された。
他の職場からも、4月の介護保険料の導入や保険料のひきあげなどで4000円ちかく保険料があがり、3000円程度の定昇でも、実質マイナスになることがだされた。
郵便の労働者からは、今年6月ごろにあたらしい郵政事業庁、郵政公社の青写真がだされようとしており、マスコミでも郵政たたきがはじまっていることがだされた。郵政省の官僚や全逓中央は、欧米視察に力をいれている。ドイツでは、完全に民営化され、末端の特定郵便局はコンビニエンスストアと融合し、アメリカでは、料金が完全に自由化されているという話である。
今「春闘」のなかで、成果・実績主義や能力主義の賃金制度の導入がさらにすすんでいることも話題になった。「能力主義、個人競争主義がある程度、青年など労働者に影響をあたえている。しかし、なかま同士たすけあおうという志向もつよまっている」といった意見がだされた。
『労働通信』を普及するなかで、ある読者からは「グローバル化のもとでの『春闘』」というタイトルをみて、「そのとおりや、グローバルにものをかんがえんといかん」という感想がだされていることや、組合の春闘講座などでも、国際会計基準の導入や商法の改正がとりあげられていることが報告され、国際的な視点から職場の問題も分析していく必要があることが話題となった。
最後に、今後の実践課題も論議された。
今回、参加できなかった会員からは、あらかじめ電子メールで「毎回の読者会ででた課題をかならず次回には明確化し、それを実践的に方針化し、すこしずつであっても成果・教訓をつみあげていく精神でありたい」という意見がよせられた。
この意見もふまえて、関西の交流会の当面の課題として、
――などを確認した。
また、この課題を具体的に方針化し、実践していくために、
――などの点を決定した。また現労研の全国的な運営体制を早急に確立することをよびかける必要性も提案された。
関東地域で第1回職場交流会を開催
3月11日、関東で『労働通信』の読者による第一回職場交流会がひらかれた。交流会には、柏現業労組や千葉県教組の組合員、未組織の民間企業の労働者などが参加した。
最初に「春闘」をめぐる情勢について論議され、その後各職場の実際がだされた。「春闘」をめぐる情勢については、全員で『労働通信』三月号の記事「グローバル化のもとでの『春闘』」を黙読し、その後話しあいがおこなわれた。
話しあいでは、日産とルノーの合併や西友とジャスコの合併など、さいきんの大規模な合併・再編が論議された。とりわけ、人口一人あたり3万円もの金が長銀にそそぎこまれたあと、わずか10億円で買収されたのにたいし「われわれ個個人の借金も税金で払ってくれるのかい!」と怒りが噴出した。
また、合併・再編の結果でてくる失業者が税金を払えなくなり、国家の政治家・経済界の連中が自分で自分の首をしめていること、300万の失業者がなにで食べているのかが話しあわれ、結局は親、兄弟、親戚などにたよっているし、その人たちのかじるすねがなくなればおしまいだと、こんにちの社会のもとでは展望がないことが話しあわれた。
注目すべき意見として、このような不条理がまかりとおる現実にたいして、組合の組織率の低下(約23%)など、われわれ労働者のがわにも問題があるのではないか、という意見もだされた。年金の問題ともかみあい、「けっきょく、自分だけ食えればよいという考えが根底にあるし、またいまのところはなにかしら食える状況にある」という意見もでた。一方、年配の労働者から、「賃金にせよ権利にせよ、おおくの労働運動の諸先輩が文字どおりからだをはってかちとってきたもので、それを忘れたからこんにちのような労働運動のていたらくがある。これらの不条理が資本主義という仕組みによることを踏まえ、社会主義への展望も必要だ」という意見もだされた。
その後、話は職場の問題にはいった。
学校現場への人事考課制度導入にたいして、未組織の労働者から、「これではサラリーマン教師を大量につくりだす。ひらめみたいに上の方ばかりをむく教師だけになる。そうなると組合の必要性を考える教師はますますすくなくなる。それにいったい、なにをもって生身の人間を評価するのか? この評価のAランクの教師はありえない。教師のなかでも能力はさまざまで、評価するのはまちがいだ。それにもし、このようなものが文部省など国のおすみつきでやられると、教育現場の問題だけにとどまらない。民間の企業でも能力賃金をはじめているのだから、ほかの官公庁でもやるようになる。学校は勉強するところであり、こどもは集団のなかで、思いやり、なかま意識をつくる」「さいきんの親はこどもが体罰をうけるとすぐ騒ぐ。それはまちがい。ことの善悪は親が教えるべきで責任転嫁して学校のせいにしてはいけない。そういう親にかぎってこどもをちゃんとしつけていない」と話は熱をおびてきた。
つづいて未組織の職場の話題にうつり、新人事制度(能力主義賃金制度)なるものが会社の側から提案されていることがだされた。新人事制度は、今年のはじめに社長が「こういうご時世だから仕事があるだけありがたいと思え」というなど、会社側のふところをよけい肥やすために、会社に気にいられるように行動するようにしむけ、なかま意識をずたずたにきりさくものだという意見がだされた。職場でも反対意見が圧倒的だとの現状がだされた。
交流会は短時間であったがそれぞれの職場の状況がだされた。また「春闘」をめぐる情勢について話しあわれ、実りがおおいものとなった。参加した労働者は「とてもよかった」と感想をのべている。