『労働通信』2000年1月号
20世紀の最後の10年間、日本の労働者の状況はさまがわりした。その背景と今後のすう勢を考えてみたい。
かつて日本の失業率は高くても2%台にとどまっていたが、現在は5%台をこえるいきおいである。
パート、アルバイト、派遣など、雇用が不安定な労働者も急増した。正規雇用労働者の比率は90年の80.8%から98年には76.4%へと減少している。99年12月から労働者派遣法の改悪によって、ほとんどの職種に派遣労働がみとめられたことから、雇用の不安定な労働者はさらにひろがるだろう。
さらに、SOHOワーカー(在宅労働者)など請負契約の「個人事業主」あつかいの労働者も急速にふえている。
これらと連動して、賃金のあり方もさまがわりである。
毎年の「春闘」は連続して労働側の敗北におわり、98年の現金給与総額は調査開始いらいはじめて前年を下まわった(労働省調査)。
賃金体系も、年功序列型から成果・実績主義への転換が大企業だけでなく、中小零細企業へもひろがっている。
賃金のきめ方も、経営者と労働組合との集団的交渉を軸にしたものから、個個の労働者の「成果・実績」にもとづく個別決定を軸にしたものへと転換しつつある。
こうした状況は、95年に日経連が「新時代の『日本的経営』」という戦略をうちだしていらい加速されている。
その内容は、労働者をつぎの三つのグループにわけて管理しようとするものである。
その第一のねらいは、高度な技術を開発したり、経営戦略を立案する「能力」をもった一定数の人材を育成する一方で、大多数の労働者は、資本家が必要なときに、必要な数だけの労働者をつかい、不要になればつかいすてることができる、低賃金労働者としてしぼりとることである。
第二は、年功序列型賃金ではふくらみがちな賃金にたいする支出額全体をへらすこと、つまり労働者階級全体への賃金きりさげと低賃金構造をつくりだすことである。
日経連はこの「新時代の『日本的経営』」をおぎなうものとして、99年4月には「新時代の労使関係の課題と方向」という報告を発表し、個個の労働者に「エンプロイヤビリティ」=雇用される能力をつけさせるという政策をうちだしている。
そこでは、「エンプロイヤビリティ」を「狭義のエンプロイヤビリティ」と「広義のエンプロイヤビリティ」とにわけている。
前者は他の企業にも通用する能力を意味し、後者は当該企業内で発揮され継続的に雇用される能力を意味する。
つまり、リストラされても、転職が可能なだけの能力をあらかじめつけておけておけということだ。しかも、企業内研修だけにたよるのではなく、自分で「能力開発」の努力をすべきだとしている。
この「エンプロイヤビリティ」という不可解な言葉は、経済同友会が97年に発表した「雇用システム改革にむけた行動指針」のなかでうちだしたものである。
そこでは、経営者が個個の労働者を競争原理によって管理することを主張している。労働者をたがいに競争させ、その「成果・実績」にもとづいて賃金などの処遇をきめていく。労働者は「成果・実績」をあげるためにも、自己責任で各種セミナーにかよい、資格をとり、「エンプロイヤビリティ」を高めなければならないというわけだ。
さらに経済同友会が99年に発表した「企業白書」のなかでは、グローバル化がすすんだ現在では、「従業員個個人の競争力向上」によって日本企業の再生をはからなければならないとしている。そして、「『個』の競争力向上」とは、「自律性が高く、かつ成果に責任感をもつ人間……俗な言葉でいえば、市場競争でのケンカにつよい人間」になることだとして、そのために「成果・実績主義」の人事制度の導入が必要であることを強調している。
本屋の店頭でも、『ケイコとマナブ』など資格取得のための雑誌や本が人気をあつめている。労働者として、ひごろから自分の技術を向上させるために努力することも、それ自体は必要なことだ。
だが現実は、自分の「成果・実績」をあげ、「エンプロイヤビリティ」を高めるには他人をけおとすことが必要となり、たがいに精神的にも肉体的にも酷使され、「成果・実績」のおいしいところだけは資本家にすいあげあれ、労働者全体の労働条件はとめどもなくおしさげられる結果をもたらさざるをえない。
こうした政策がでてくる背景には、90年代以降、世界資本主義の「グローバル化」、すなわちアメリカ、日本、ヨーロッパなどの資本の国境をこえた市場争奪戦が激化していることがあげられる。ソ連、東欧などの崩壊やインターネットなどの情報通信革命はこの競争をいっそう過酷なものとしている。
また、情報通信革命は、一方でおおくの職種で熟練が必要な労働をなくし、本工労働者をパートや臨時労働者などにおきかえていく条件をつくりだす。他方で、高度な情報収集にもとづいて「国際競争」にうちかつ経営戦略や「創造的な技術」を開発する一定数の人材を必要とする。
こうした資本主義のもとでの「グローバル化」や「情報化」がこんにちの労働者の状況をつくりだす背景となっているのである。
派遣労働の拡大や個別的な労働者管理の政策は、当然のこととして労働者が労働組合に団結してたたかうのを困難にせざるをえない。だが、労働条件のいっそうの低下や解雇、権利の侵害、あるいは「成果・実績」の評価基準などをめぐって労働者の抵抗はつよまらざるをえない。
個別的な「労使紛争」の処理のために98年11月からスタートした労働基準局の「紛争解決援助制度」には、1年間で1万3317件もの訴えがだされている。地域ユニオンなどに参加して組織的な闘争に参加するすうせいもうまれている。
今後、年功序列型賃金や終身雇用制などの「日本的労資関係」の最終的な崩壊がすすむなかで、労働者の企業への帰属意識はますますうしなわれ、あらたな抵抗闘争が生まれる可能性は高まっている。
21世紀にむけてこうした労働者のたたかいを組織するあらたな政策、方針を研究することがもとめられている。